レース

2013年11月29日 (金)

ブログからフェイスブックへ移行しております

皆様、ココログではご無沙汰しております。

決してタコっていたわけではなく、ボチボチですが本年5月より新店舗で作業しております。

懇意にして頂いているお客様からは、最近ブログの更新が無いのでどうしたのかと来店されて、某巨大掲示板では”NRSハシモトはどうしている?”等と書き込みがあるという事を伺ったり。

ちなみに自分は、某巨大掲示板は公認コーチの勉強中、アマチュアリズムに関する事で真面目な質問をするのに利用したりとかしていましたが(識者の方から良い回答を頂きました)、基本的に某巨大掲示板の文章は読んでいると病んでくるのでもう何年も見ておりません。

話がそれてしまいました。

NRSのブログは作業記録として画像が多く、それらを大量にアップしたりしますので、ブログの場合そのアップロード作業が手間だったりとあり、最近は動画でしか伝えられないものが有ったりとして、そこらあたりが非常に手間のかからないフェイスブックで最近、作業記録や画像・動画をアップしております。

フェイスブックは実名制ですので色々とアレな事もありますが、足跡が残るわけでもなく、閲覧される分にはブログよりハードルは低いかと思います。

また、ココログのNRSのブログ自体が某一日数万人以上が閲覧するKin〇の自転車ブログの中の方から”見ようとしても重たくて時間がかかるので見る気にならない”と教えて頂き、そこら辺りも問題ないと思われしフェイスブックと言う感じになっております。

フェイスブックの方には、非常に興味深いアレやアレの事など動画や画像も高解像度でアップしております。

みなさん友達申請などしなくても結構ですので、お気軽にお立ち寄りください。

2013年1月10日 (木)

アメリカンクラシックハブセラミックベアリングアップグレードキット入荷

StreetFighterに始まりSUPERZIPP・SUPERENVEとアメリカンクラシックハブを使用したホイルビルドは100セットに近い。

アメリカンクラシックハブは、ハブの耐久性云々をチョクチョクお問い合わせ頂くのだが確かに2005年以前にフリーに問題があり、リコールと言うのがあった。

リコールとはメーカーが正式に問題を認め回収すると言う工業製品としては珍しくないケース。

11速をリリースしたばかりの某社のチェーンなど、発売後に四ケタの品番の下一ケタが00から01に販売店に何の通告もなくそっと変えていたりとかお約束で(トップグレードコンポでそれを二代続けてやった)。で、それまでのコネクトピンが使えなくなったりとか。

リコールをメーカーが上記のチェーンを作っているメーカーと違いちゃんとしているところは工業製品を作っている会社としては、真っ当なわけで。

現在は、そのリコールのあったフリーは、特許を取得する方法で完全に回避されている。

ついでに、もう一つ特許を抑えているようで、アルミフリーボディーのスプロケットの付く部分の溝がシマノ・SRAMタイプだと使っているうちにスプロケットが駆動の力により、フリーのスプロケットが抜けなくなるぐらい変形して、交換することになってしまう。

現在の形式のフリーはシマノが開発したカセットフリーと言う名称のタイプで
それまでは、ハブはハブ単体で、ボスフリーと呼ばれるフリーボディーとスプロケットが一緒になったモノをハブにねじ込んで使うと言うもの。長くそれがスタンダードだった。

その構造だと、ハブがハブシャフトを支えるためのベアリングと、そこにフリーボディーにもベアリングが付くため構造的に重くなってしまう。

そこでシマノは、ハブにフリーボディーを直接付けて、一体構造とすることにより軽量化と強度アップと言う二つを実現させた。それが現在のカセットフリーだ。

当時は、カンパを初めとするハブは(日本だとサンツアーや三信)ボスタイプと呼ばれる旧来型でレジナと言うボスフリー専門のメーカーが有ったぐらいメジャーだった。

自分は、最初に買った片倉シルクのスポルティーフがシマノ600のカセットフリーで、その後に買ったナショナルの(パナソニックでは無い)Espressoと言うシュパーブプロがアッセンされたロードがボスフリータイプなのだったが、レースに出るのにマビックOR7(オロと読む)で組んでもらった決戦用ホイールは、シマノ600(現行のアルテグラ)でフリーはもちろんカセットフリーだった。

当初のカセットフリーは、スチールボディーでスプロケットもスチールで、トップギヤがロックリングを兼用しており、全てのギヤが一枚一枚独立した状態だったので、コースに合わせて自由自在にギヤを入れ替えたものだ。6速だったけどね。

重量的にはと言うと、ボスタイプのフリーを付けたハブと、シマノカセットフリーだと完全にカセットフリーの方が重量的に軽くて、カンパが作っていたオールアルミのボスフリーやサンツアーが出していたアルミフリーのウイナーを付けたりしても、スチールスプロケットを付けたシマノのカセットフリーの方が重量的に軽かったと言う。

ただ、当時のシマノの広告には、その重量面やスプロケット構成の変更のしやすさなどは全く触れられえていなかった。

なので、一般的には持って軽いアルミボスフリーが決戦用フリーとして徴用されることが多かった。

カンパのアルミボスフリーは文字通り決戦用で、良くて1000㎞。大体それまでにラチェットがかからなくなり、使用不可になると言うキワモノパーツでもあった。

そして、カセットフリーの特許が切れる一か月前ぐらには、サンツアーからカセットフリーのラインナップが出ていたり(発売は特許が切れた直後)、現行のフリーボディーのシステムが一部安価なものを除き全てカセットフリーになった事からその優位性が見て取れる。

話が大きくそれてしまってすまない。

アメリカンクラシックは、リコール問題などを特許を取得する方法で完璧に回避しており更にアルミフリー本体のシマノ・SRAMタイプが抱えるスプロケットの溝の部分が変形する問題をこれまた特許申請中?の方法で回避している。

ハブ一個に二つも特許抑えてるなんて、多分アメリカンクラシックだけ。しかもラージフランジで軽量。Photoこの、フリーボディーの変形の問題は、カンパは当初から予想していたのか溝が深いので発生しない。

シマノは、軽量にするために7850デュラ以降フリーボディーをチタンで作っているが、それでもスプロケットの溝が変形するケースがあるので、アメリカンクラシックが押さえている特許が切れるのを虎視眈々と待っている状態。

で、今日の本題。

アメリカンクラシックのセラミックベアリングのアップグレードキットが入荷しています。
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前後6個セットで¥29400。ステンレスのベアリングキットが¥13230なのでそれと比較すると高いとはいえなかも。

ハブのベアリングの抵抗に関しては、こんな感じなのだが(読みにくいのはスマソ)それでも敢えてセラミックベアリングかと言うとホイールの剛性アップに寄与するからである。

なんせ、700Cと言う大口径の車輪を真ん中で支えているんだから、そこの剛性を上げる事はかなり効果的。

取りあえず、ワンセット入荷しているので(以前の代理店では一年かかっても入荷しなかった)人柱的な意味で、最初の作業は工賃なしでやっちゃいます。

StreetFighter・SUPERZIPP・SUPERENVEユーザーの方。

カートリッジベアリングなので、ベアリングを打ち替えてしまえば、他は何もしていないのに即ホイールの戦闘力をさらにアップさせることが出来ます。

これからアメリカンクラシックハブを使ったNRS決戦用ホイールの購入を考えておられる方も最初からセラミックベアリングで行くのも良いかもしれません。

ちなみに、作業にはこんな工具を使います。うちではカンパの大道具に次ぐ高額なツールのベアリングプーラーとインストーラー。
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元々マビックキシリュウムのベアリング交換のためにリリースされたもの。

キシリュウムのベアリングの交換もセラミックへのアップグレードも含めてお問い合わせくだされば対応いたします。
高精度で、ハブを痛めることなく交換が可能です。

他のカートリッジベアリング(シールドベアリング)ハブもほとんど対応していますので、お問い合わせください。 nrs*n-rs.com (*を@に変えて下さい)

2011年6月 7日 (火)

ツールド熊野⑤

レース三日目終了。で、翌日は四日目の最終日。普段やんないタイヤ交換が二桁に行ったのと、なんやかんやで使い痛みで、手が(指が)ヤバい感じ。TT前夜にタイヤ交換7本とかやった時点で親指に豆作ってたし。

Sworks最終日の朝、準備万端のトレンガヌの選手のバイク。

前日に木端微塵になった福島選手のゼッケンは、翌朝にオーガナイザーに届けてもらえるように手配。

Photo_29 で、届けられたナンバーの入っていないナンバープレートに手書きでナンバーを入れた。字が汚くてスミマセン。

最終日、朝方雨が結構ひどくて、ロビーで選手が待機してたんだけど、最終日なせいか、すごい緩い雰囲気。レース当初はアイサンがコントロールしててステージ取ったりしたんだけど中盤以降、ニッポが完全に支配。ステージ、総合ともにワンツースリー。で、アイサンが4位と5位。カンパニョーロを使うチームがトップファイブを独占。

仕事的には、TT前夜にチームに合流した時が一番多かった。交換用のパーツとか、作業の指示とか、チェックとか、準備とか。台湾のメカニックから”お前は寝ないのか?”とか言われたり。

12夜の12時前に、作業完了して部屋に戻ろうとしたら、マネージャーのダニーがまだ仕事してました。フェイスブックもやってるんだって。

Photo_28 ここから、最終日の朝にホテルのロビーに置かれたバイクの画像。

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ジャイアントケンダのホイールはZIPP303。タイヤはブランドも何も入っていないチューブラーだった。

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展示会じゃないよwニッポのバイク。ディスプレイスタンドまで持ち込んでる。物量が違いすぎますな。

Photo_37自転車関係者のパソコン使用率は異常。一番端が大門さん。時間があれば、ネットにつないでスカイプやったりジロの中継観たりしてる。リアルタイムで、レースの情報をアップしているところもあったし。

Photo_38 自分の今回の荷物と道具。

Photo_40最終ステージフィニッシュ直後の福島選手。アタックかけまくりでした。自チームの選手がアタックをかけてくれるとオフィシャル無線で知らされるので、チームカーは盛り上がる。

Photo_41 最終ステージフィニッシュ直後の奈良選手。レース中も、レース後の補給もメイタンサイクルチャージです!

Photo_42 最終ステージフィニッシュ直後のバズこと、プーチョン選手。タイの人は、名前じゃなくてニックネームで呼ぶのが一般出来なんだって。

1 レース終了後、お疲れ様の一枚。

今回の仕事。ホントいきなりでどうなる事かと思ったけど、、、

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いくつかミスもしちゃったけど、こんな感じなので行けたようです。

帰り、行きにピックアップしてもらった関空のワシントンプラザホテルまでバスで人間ごと荷物と道具も一緒に運んでもらったんだけど、道具とか荷物をバスに車を横付けして移していいと許可をもらったので、車を横付けすると香港や台湾の選手やメカニックが日本語で”カッコいい”と言って駆け寄ってきたり。ダニーも福島君も。みんな食いつきすぎw

っと言うわけで、思うことあって2005TOJ終了後、二度と現場に行かないと決めてたんだけど、レース現場のメカニックに復帰しちゃいましたので。

トレンガヌ プロ アジア サイクリングチームは、裕福なチームじゃないけど選手もスタッフもプロ意識が高く、よく頑張るので自分も頑張れました。

別れ際、福島選手に”預かっていたスペアパーツ、全部使っちゃってよかったんですかねー?”と聞くと”いえ、そんなことはありません”と。

お金のあるチームのメカニックは、怪しいパーツはかたっぱしから交換すればいいけど、そうじゃないチームのメカニックは、直すんじゃなくて使えるようにする。直すのはパーツ換えれば簡単なんだけどね。シーズンは長いし、年間で使えるパーツは限られてるから。

トレンガヌのチーム総合成績は、5位。予算が一桁違うアンカーさんよりも上でしたwww

ツールド熊野④

TTの終わった二日目、ロードレース初日は福島君が積極的にアタックを仕掛けてトレンガヌの韓国の選手が落車。膝をぶつけてうずくまっていたが、走り出そうとバイクにまたがる姿には感動した。痛みでリタイアになったけど。

Photo_12 チームカーの隊列。一台前がブリッツエン。

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Photo_14 パンクで遅れた選手がチームカーの隊列を使って雨の中、プロトンへの復帰をしている。

Photo_16 チームカーの隊列を使って、プロトンへ復帰中のトレンガヌの選手。

レース中の補給は、補給地点とチームカーから。雨で気温が高くなかったので補給は少なくて済んだけど二回ほどチームカーから選手にボトルやメイタンサイクルチャージを渡した。

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Photo_17 チームカーから補給を受け取りプロトンへ復帰する福島選手。

福島選手に補給を渡した後”カチャン”とすごい音がして、一瞬焦った。

原因は、ゼッケン固定の鉄の板が折れて(千切れて)プラスティックのゼッケンがホイールに巻き込まれて木端微塵になった音だった。

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プロトンから遅れるも、粘りの走りを見せたナルシマと鹿屋の選手。鹿屋は最終日5人残った。

Photo_21 まぁ、レース中は雨の山道でもこんな感じですwジャパンカップのコースを経験してるからゆりかごみたいなものです。

激しいドライビングで、前を走るニッポのチームカーのキャリアからバイクが落ちかけたり。トレンガヌも走行中にダニーがルーフキャリアのバイクの異変に気が付いて、自分にチェックするように指示が。スピード落としてくれて(っと言っても60㎞なんだけど)窓から身を乗り出して、バイク固定しなおしたり。

Photo_22 マビックのニュートラルサービスカー、いつもご苦労様です。日本国中のレースで激しいドライビングをしているのにびくともしないルーフキャリア、どこ製かなと思ってみたらラバネロの高村さん謹製でした。

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落車した選手のサポートしてたら、チームカーの隊列から大きく遅れたので、少し待機して一周遅れで隊列に合流。

Photo_26 ガスも出ています。千枚田のコースではパンクや落車が多発。ブリッツエンの選手が、ガードレールとガードレールの間から谷に落ちて、自転車かついで這い上がってました。最終日に6人全員残ってた。ファーストフォワードのホイールは谷に落ちても大丈夫b

Photo_27レース終了後の洗いがいのあるバイク。三日目から選手の承諾を得て、チェーンオイルをヘビーコンディションに強い、 フィニッシュラインのクロスカントリーに変えました。それまでは、スーパールブ。続く

ツールド熊野③

   Photo_3 いよいよ今日からロードレース。

Photo_5 Crz

海外チームにオーガナイザーから提供されるチームカーはプリウス。こんなんで、レースに付いていけるのか?っと思ってたけど、結構走る。ちょっとだけ運転したけどCR-Zよりスイッチ類が多くて戸惑った。

Photo_6 雨雨雨。

Photo_4雨の中、レースはパレードでスタート。スタート前にダニーの指示でチェーンにオイルを足した。

Photo_7 パレード終わってリアルスタートしたらレインジャケットはチームカーに。

Photo_8 対向は、同時開催の実業団のアマチュアレース。

Photo_9レースでは、こんな感じで前日のリザルトをマネージャーが見えるように貼りつける。

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ツールド熊野のステージで一番広い道。狭いところは、レース終わってから選手が”あんなとこチームカー通れたんですか?”って言うぐらい狭かった。続く

2011年6月 6日 (月)

ツールド熊野2011②

ツールド熊野2011、初日のTTの朝。メカニックの朝一番の仕事は、空気を入れること。今回は、選手5人なのでバイク5台と+スペアバイク1台とスペアホイール3ペア(6本ね)のエア入れ。ポンプはもちろんこいつ

エアを入れているとマネージャーの中国系アメリカ人のダニーがゼッケンプレートとマトリックスの計測チップをライダーの数+スペアバイク用二つの計7個を持ってきてくれた。ゼッケンプレートには英語で選手の名前を書いてくれている。でも、一目見てわかりやすくしたいのでそこにメカニックボックスに入れてあるマジックで小さくカタカナで選手の名前を入れた。

ゼッケンプレートは、各選手リアブレーキのところにステーが付いていて、ねじでナンバーが縦になっちゃうけど取り付けられるようになっている。前夜にプーチョン選手のステーが千切れちゃってて、それを”ひねって横に向けて使えるようにしといてね♡”と言われていた。ゼッケン固定用のステーは、何かホームセンターで売っているただの薄い鉄の板って言う感じで非常にプア。手でクニクニすればすぐにおれちゃう感じ。それをプライヤー二個使って千切れないようにそーっと捩じって使えるようにした。

Photo ゼッケン付けて、準備万端。空気圧は全車8気圧。

Tttt マーカーされているのがトレンガヌの選手の初日TTスタートのタイムスケジュール。右の一番下のマーカーされているのがゼッケン1の全日本TTチャンピオン福島晋一選手。

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物量が凄いニッポ。作業カーも持ち込んでいる。

一方トレンガヌは

Photo_3 携帯片手に立っているのはマッサーのKakoさん。今回は女性スタッフがマッサーとスポンサーのメイタンのサプリの開発をされているTomokoさん。女性スタッフと仕事をするのは初めてなので、ちょっと戸惑ったり失礼があったりしたけど、そのあたりはお互いプロなので無問題。

Photo_4 全日本チャンピオンウエアを着た福島選手。細く見えるけど、胸板とか凄かったよ。

レース初日とともに梅雨入りした近畿地方。絶好のレース日和w今回は、TTバイクは大会レギュレーションで使えない事になっていたので、メカニック的には非常に楽でした。TTバイクは”何キロ何分持ったらいい”って感じで、空気圧とかギリギリまで上げたりとかあるから非常に神経を使うからね。99年のツールド北海道の時も、選手が直前に後1気圧上げてくれとか言うから”0.5気圧ぐらいにしとこ”とかなだめたり。

トレンガヌのトップタイムは奈良選手。10位の好タイム。マネージャーのダニーのアドバイスでコーナー処理してタイムを稼いだ模様。

レースが終わったら、洗車作業に取り掛かる。

Tt 作業を始めてちょっとしたら、横に香港ナショナルチームが作業しだした。水道はホースにつないであるのが合ったので譲り合いながら作業。宿泊のホテルは日本チームと別で海外チームだけで割り当てられたみたい。ニッポもイタリアのチームなんだけど、ホテルのでっかい第二駐車場で作業してたみたい。作業カーがあると水道の心配とかもしなくて良いからいいよね。初日の洗車は数が6台だったのと、やっぱり汚れているので一番時間がかかった。やってることは、お店で提供している洗車オイルアップと全く一緒。

この後、洗い終わったバイクを地下の作業スペースに持って行って、乾燥を待つ。洗車が終わったあたりでスポンサーのメイタンの社長さんにチームみんなで回転寿司に連れて行ってもらった。でも、回転寿司なんだけどお寿司は直接握って渡されると言うシステムだった。回ってる寿司は何なんだろう。とりあえず、たらふく食った。そん時、奈良選手と席が一緒だったんだけど”なんか自分今日、同じぐらいの歳と思って親近感わいちゃってため口聞いちゃってすみません”と。奈良選手ってまだ30歳になってないはず。自分アラフィフなんですが、アラフィフに全く見えない。ちゃらくてすみませんw。昔から、中学生の時は小学生に見られて、高校の時は中学生にみられて、はじめての国体で成年なのに自分より年下の高校教師に”少年は後ろに並べ~”って言われたり、県の強化合宿で”お前どこの高校じゃ”とか高校の先生に言われたり。まぁ、身長は二十歳になるまで伸びてたし、自転車の選手なので足の毛をそるシェーバーは持ってたけど、毎日髭をそるようになったのは24歳を過ぎてからだったしね。

Photo_5 チームマネージャーの中国系アメリカ人のダニー。とても頭が良くて、自分は英語しゃべれないんだけど、単語の羅列と自転車競技用語でやり取りは成立してました。その後ろがメイタンのTomokoさん。

Ttw 初日TTスタート前のトレンガヌ プロ アジア サイクリングチームの選手。左から韓国人ライダーのキムかチャン(最後まで区別がつかなかった)奈良選手、キムかチャン、福島選手、タイ人のプーチョン(ニックネームはバズ)。

Toj ステージレースでは、ホテルのエレベーターのところにこんな感じで各チームが部屋割りを貼り出す。TOJの東京ステージの宿が5星のニューオータニの時は、貼らせてくれなくて、何か足元だったら良い”とか”見えんだろ、そんなところじゃ”って感じで伝統と格式ばかりでスンゴイ使いにくいホテルだった。

Tt_2 初日TTが終わった後、洗車オイルアップしてピカピカになったバイク。オイルアップと翌日からのロードレースに合わせてホイールやスプロケットの交換とかのセッティング変更した。

明日からいよいよ、ロードレース。天候はヘビーウエットの予報。続く

2011年6月 5日 (日)

ツールド熊野2011①

っと言うことで仙台のベルエキップの遠藤さんの代わりに急遽(正確にはレース一週間前)決まったツールド熊野へ出場するマレーシアのトレンガヌ プロ アジア サイクリングチームのメカニックの仕事。

2005TOJが終わった時点で、思うことがありメカニックとしてのレース現場を離れた自分。以降、日本体育協会公認自転車上級コーチ(追試で合格しましたw)や我が兵庫県で開催された2006のじぎく兵庫国体での審判執務などをしながら、2009年にショップをオープンし、インターハイの審判執務で招聘されたり、兵庫県の大会の審判執務をしたりしていました。

しかし、思うことのあったTOJ2005で”もう現場には出ない”と決めていた。

ショップの方は、7坪とおそらく日本有数の小ささなのですが、日本全国から手組ホイールやバイクのオーダーを頂いたり、近くの方や遠方の方も来店してくださったりと、なんとかやっておりました。

しかし、NRSの超見にくいホームページをチェックされている方はご存じのとおり、昨年のこの時期ぐらいにややこしい病気にかかってしまい、今年の5月に入ってやっと慎重だったドクターから”重々気を付けるように”と念を押されてなんとか復活。

でも、復活したと言ってもボチボチ仕事のお店で結構一杯一杯。そこに遠藤さんからの自分の携帯へのコール。一応、海外遠征用の道具や、半分壊れてきてるけど、2003年に作ったメカニックボックスとかは捨てずにお店においていたけど。

まぁ、ツールド熊野は第一回の3デイズ熊野からGIOSやクラブチームのメカニックやマッサー(両方やった時もあった)で4回ぐらい行ってるし、5日間拘束のレース4日ならリハビリがてら何とかなるかと思い、仕事を受けるとにした。遠藤さんは”洗車だけだと思うし”と言ってたしねw

20032002

とりあえず、普段使っているお店の道具をメカニックボックスに詰めて、二三日、メカニックボックスから工具を取り出す感じで作業。

作業スタンドは、ワールドカップの時に使った軽くてホイールの振れ取りもできる(っと言う事はリムセメも塗れる)ブラックバーンを持っていこうかと思ったけど、普段洗車でガンガン使っているパークツールのPRS-21と比べると非常に頼りない。さんざ迷ったけど、PRS-21を持っていくことにして、一応ブラックバーンも車に入れておいた。オーガナイザーのバスのピックアップは関空のワシントンプラザホテル。準備期間と情報不足で、結局ほとんど自力でオーガナイザーの携帯に電話を入れてピックアップとか、不便な陸の孤島の関空で5日間車をどこにパーキングするとか教えてもらって、道具と荷物をまとめて25日午後に関空に向けて出発した。

ホテルに到着すると、たまたまトレンガヌの日本人選手の奈良選手が声をかけてくれて、部屋とか教えてくれた。作業スペースは地下に用意されていた。

Tt チームと合流したのは初日のTT前夜。優勝を狙っているニッポとかお客さん情報で前の週末には和歌山してた。トレンガヌも優勝を狙っているのだが、、、画像はまだ作業前の洗いがいのある選手のバイク。フレームはスペシャライズドS-Works。+スペアバイク一台とスペアホイール。事前に確認していたタイヤは、チューブラー・クリンチャーとチューブレス。チューブレスは、コンプレッサーがないと無理な場合が多いので、その事を直接福島選手と電話で話をしたら”IRCのエンジニアが来るから大丈夫b”と言われていた。実際は、来ていなかったけどねw TT前夜の作業で普段あまりやらないクリンチャーとチューブレスのタイヤ交換。チューブラーもワンセットやったけどこれはリムテープでサクッと。で、バイクチェックとオイルアップとSTI交換とか。ゼッケンと計測チップは翌日のTT前の監督会議が終わってから渡される。ポンプとか福島選手が持ってくるって言ってたんだけど、そこはピシャリと”自分の持って行きます(キリッ”っと。これが正解。香港ナショナルチームのメカニックのポンプヘッドは最終日を待たずして壊れてた。 続く

2011年5月23日 (月)

ツールド熊野に行きます

ホームページの店舗情報でも公開していますが、ツールド熊野に急遽、マレーシアのチームのメカニックとして行くことになりました。

仙台のメカニックが行くはずだったんですが、飛行機が飛んでないので来れないと。

で、関西のメカニックと言うことで携帯にコールがありました。

レース現場は、審判では出張っているのですがチームスタッフとしては2005TOJ以来です。

天候も、梅雨入りかと思わせる予報が出ています。

当初4人との事でしたが、送られてきたスタートリストは5名になっていました。

「trerengganu_proasia_cycling_team_start_list.pdf」をダウンロード

雨のレースは機材の消耗やトラブルが多いので、どうなる事やら。

2011年4月29日 (金)

明石市長杯第25回春季タイム・トライアル兵庫県公式記録会

明石市長杯
第25回春季タイム・トライアル兵庫県公式記録会
4月29日(金)

8:00~9:00 機材準備
8:30~9:00 受付
9:00~9:20 公式練習1(登録選手)
9:25~9:45 公式練習2 (未登録選手)
9:30~9:50 役員打ち合わせ
9:55~10:00 開会式

10:05 200mTT 12名
10:20 1KmTT 42名
11:25 400mTT 19名
11:40 500mTT 4名
11:45 チームスプリント 4チーム
11:55 4㎞チーム・パーシュート 2チーム

12:10 昼食休憩
12:40 表彰(200m・400mTT)

13:30 2㎞インディビデュアル・パーシュート 2名
13:35 4㎞インディビデュアル・パーシュート 2名
13:45 3㎞インディビデュアル・パーシュート 23名
15:30 表彰及び閉会式

今回の審判執務は、電子計時のバックアップの手動計時とチームパーシュートのグリップスイッチ。

兵庫県には、2006年に開催された”のじぎく兵庫国体”のために用意された電子計測システムと
¥1200万でセイコーに作らせた、電子制御式スターティングブロックがある。

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いかんせん、7年前に作ったものなので旧式なため、デカくて重たく運用には競技役員に多大な負担となる。
しかし、UCIレギュレーションに則ったスタート方式を経験出来る事は、選手にとっても今回のように競技者登録をしていない一般の方にとっても、非常に意義あることだと思うのだが。

兵庫のスターティングブロックは、圧縮空気を使ってホイルをホールド(っというか挟み込む)するのだが、最近の物はステップモータを使っている。
小型で運用もとても楽になっている。

今回は、参加人数が少なくて早く終わった。
審判執務は大体、年に二回から三回行ってます。

県外執務は、一昨年断ったにもかかわらず携帯電話に開催県から直接電話に、執務養成の電話がかかってきたので渋々受けましたが。
兵庫車連のN野先生が推薦して、ご丁寧に携帯の電話番号も教えたと。

審判執務は、基本ボランティアなので趣味ならいいけど、本業が競技用自転車なNRSにとっては大きな負担。
しかし現役時代選手としてお世話になっているし、顧客も出てるし。

秋季記録会には、何か参加賞的なモノを提供しようかと検討ちう。
県車連のN野先生に聞いたらボトルが良いんじゃないかと言っていたので、NRSロゴ入りボトルでも作るか。

来週の8日の県民体育大会自転車競技大会も審判で出張ります。8日は競走種目が入るので、タフな一日になりそうです。

開会式

Photo_4 公式練習。ほとんど高校生のために競輪用ヘルメットの使用率高しPhoto_5 2 3 4

1KmTTで見事公言通り1分18秒台を記録したT尾さん。

Superzipptktt T3746nrs

見よこのフォーム!37歳!!1KmTT1分18秒台。4Kmパーシュート5分37秒!!。ホイル、フィッティング、メンテナンス、トレーニングアドバイスはNRS。

Kmtt118_2 Ttsuperzipp5

ヒルクラムから、トラックまでこなせるSUPERZIPP。これは5年目。フリー交換(現在は対策済み)・海岸線を走っていて砂をかぶったフロントのベアリング交換・チェーンをかんだギヤサイドのスポーク交換のみ。まだまだ、絶好調。こんなホイールを組んで売るのは、商売としては正しくないと思う。